【予備試験】平成31年刑事訴訟法【答案例と解答のポイント】
出題の趣旨
本問は,民家で発生した窃盗事件について,翌日の未明に,警察官PとQが,路上で,人相及び着衣が犯人と酷似する甲を認め,職務質問を開始したところ,甲のズボンのポケットからV名義のクレジットカードが路上に落ちたことから,抵抗する甲をパトカーに押し込んでH警察署に連れて行き,その後,甲を通常逮捕して, 勾留したとの事例において,甲の勾留の適法性の検討を通じ,刑事訴訟法の基本的な学識の有無及び具体的事案における応用力を試すものである。
https://www.moj.go.jp/content/001309069.pdf
刑事訴訟法上,逮捕と勾留は別個の処分であるが,先行する逮捕手続(さらに,同行の過程)に違法がある場合,引き続く勾留の適法性に影響を及ぼすことがあるとの理解が一般的であり,甲の勾留の適法性を検討するに当たっては,先行手続の違法が問題となる。もっとも,この点については,勾留の理由や必要(刑事訴訟法第207条第1項,第60条第1項,第87条)と異なり,明文で要件とされているわけではなく,逮捕手続の違法についても,逮捕後の時間的制限の不遵守がある場合に勾留請求を却下すべきとする(刑事訴訟法第206条第2項,第207条第5項)にとどまるため,なぜ先行手続の違法が勾留の適法性に影響を及ぼすのかについて,具体的根拠を示して論ずることが求められる。他方,先行手続の違法が軽微であっても直ちに勾留が違法となるとすれば,被疑者の逃亡や罪証隠滅を防いだ状態で捜査を続行することが困難となるのであって,先行手続の違法が勾留の適法性に影響を及ぼすと考えるとしても,いかなる場合に勾留が違法となるか,その判断基準を明らかにすることも必要である。
本問では,先行手続として,警察官が甲をパトカーに押し込んでH警察署に連れて行った行為について,実質的な逮捕であり違法ではないかが問題となる。ここでは,任意同行と実質的な逮捕とを区別する基準を示した上で,警察官の行為が実質的逮捕であるか否かを判断することが求められる。そして,警察官の上記行為が実質的な逮捕であり違法と評価される場合,その違法が勾留の適法性に影響するのか,影響するのであれば,勾留が違法となる場合に当たるかについて,判断基準を示して検討することが求められる。また,この点について,先行手続の違法の程度(重大か否か)に着目するのであれば,【事例】において侵害された法益の質・程度や本来可能であった適法行為からの逸脱の程度(例えば,実質的な逮捕がなされた時点において緊急逮捕の要件を実質的に満たしていたか,満たしていたとして,その時点から起算して被疑者が検察官に送致され,また勾留を請求するまでの時間的制 限を超過していないか,また,実質的な逮捕から約5時間後,甲の取調べ等を挟んで通常逮捕の手続が取られていることをどう評価するか)などに関わる具体的事情を考慮した上で,先行手続の違法の程度を吟味し,勾留が違法と評価されるか否かについて論述することが求められる。
答案例
1 勾留の理由(刑訴法60条1項柱書)
⑴ 犯人性
甲と犯人は人相と着衣が酷似しているので犯人性を一定程度推認する。さらに甲は本件事件から12時間30分後という時間経過が少ない時点で発生現場から約8キロメートルの近接した場所において発見されていることも物理的に犯人性を否定しない。しかも、甲は、この時に被害品であるV名義のクレジットカードを近接所持していながら合理的な弁解ができていないことは、経験則上、甲が犯人であるとの疑いを強める。さらに時間経過が殆ど無い時点でのVの面通しの結果も甲が犯人で間違いないとのことであり信用性が高く犯人性を強めるといえる。したがって、甲の犯人性が認められる。
⑵ 住居侵入・窃盗の構成要件該当性は明らかである。
⑶ よって、甲が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」がある。
2 逮捕後の検察官への送致(203条1項)や勾留請求の時間制限(205条1項、2項)も遵守されている。
3 逮捕前置
⑴ 本件では通常逮捕がされ逮捕前置があるが、通常逮捕に先行する任意同行が実質的逮捕にあたっているとして令状主義違反(憲法33条、刑訴法199条1項本文)の違法な逮捕前置となり勾留請求は認められないのか。
法は逮捕前置主義(203条から206条参照)を採用し、また、逮捕に対する準抗告は認められていない(429条1項2号反対解釈)ことから勾留の裁判で逮捕手続の違法を判断することを前提にしている。そのため勾留の裁判において逮捕の違法を判断できる。
そして、逮捕の違法を判断するために、先行する任意同行が実質的逮捕か否かの区別基準が問題となる。
⑵ 「逮捕」(刑訴法199条1項)は「強制の処分」(法197条1項但書)なので、相手方の明示または黙示の意思に反して、その重要な権利利益を実質的に侵害·制約するようなかたちでの同行が「強制の処分」としての実質的「逮捕」となる。
⑶ 本件では、同行を求めた時間は午前3時5分という深夜であり人の就寝時間であることや、場所も路上であることから、自宅等とは異なって一般的に同行の準備が整わない状況にある。
さらに、甲は明示的に「俺は行かないぞ」と明示しながらパトカーの屋根を両手で掴んで強く抵抗して同行を拒絶しているため、同行は、甲の明示の意思に反することは明らかである。
それにも関わらず、警察官4名で甲の周囲を囲んで立ち去りを困難にした上で、そのうちの警察官Qが甲の腕を掴んでパトカー内に引っ張り込み、警察官Pが甲の背中を押してパトカーに無理やり乗せた上で、パトカー内でも甲の左右に警察官2名が座っている状況からすれば、甲の場所的移動の自由は奪われているといえ、その重要な権利利益を実質的に侵害・制約するかたちでの同行といえる。
⑷ よって、同行は、「強制の処分」として、実質的逮捕に至っている。
4 違法逮捕が先行する場合、違法の軽微にかかわらず勾留請求を却下しなければならないのか。
⑴ 違法が軽微な場合まで勾留請求を認めないと司法への国民の信頼を失う上、真実発見(1条)にも資さないから、重大な違法がある場合に限り勾留請求が否定される。
⑵ そこで、①実質的逮捕の時点で緊急逮捕(210条1項)の要件を満たし、②事後に令状による逮捕が行われ、かつ、③実質的逮捕の時点から起算して勾留の時間制限を守っている(206条2項、207条5項参照)ならば違法は軽微といえるので、勾留請求が認められる。
⑶ ①検討
ア 重罪性
本件事件は住居侵入(刑法130条前段)が長期3年以下、窃盗(刑法235条)が長期10年以下の懲役刑であり、いずれも「長期三年以上の懲役・・・にあたる罪」である。
イ 緊急性
甲は職務質問を受けた際にも立ち去ろうとしたり、午前3時5分の時点で、甲は任意同行(刑訴法198条1項)を拒絶していることや、顔写真付き身分証などで身分確認もできていないため、この機会を逃せば通常逮捕(199条1項本文)によることはできないから、「急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないとき」に当たる。
ウ 嫌疑の充分性(実質的逮捕時点における資料に基づき緊急逮捕できるか否か判断する。)
Vの面通し結果を除いても上記1の通りであり、甲が「罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合」に当たる。
エ 逮捕の必要性(法199条2項但書、規則143条の3)
上記イの通りであり「逃亡のおそれ」があり、「明らかに逮捕の必要がない」とは言えない。
オ「直ちに」令状請求されていること
確かに甲の取り調べや、Vの面通しを行なってその結果をまとめた捜査報告書の作成時間は余分であるが、その後捜査機関は直ちに令状請求をしており、実質的逮捕から4時間55分しか経過していないことから「直ちに裁判官の令状を求める手続きをし」たといえる。
カ したがって、①を満たす。
②本件でも、事後に令状による逮捕が行われたから②を満たす。
③検討
ア 実質的逮捕時点から29時間25分後という「48時間以内」に(203条1項)検察官に送致され、検察官はその4時間30分後に裁判官に勾留請求しているから、「被疑者を受け取った時から24時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求し」(205条1項)た。また、実質的逮捕から通算33時間55分であり、「被疑者が身体を拘束された時から72時間を超え」(205条2項)ていない。
イ したがって、③を満たす。
⑷ よって、違法は軽微といえる。
5 結論
以上より、勾留は適法である。
解答のポイント
設問指示から60条1項各号及び勾留の必要性(87条1項)以外を検討する。
勾留の要件として残るのは、
- 勾留の理由(犯人性と構成要件該当性)
- 適法な逮捕前置
- 時間制限内であること(203から207参照)
です。
そこで、これらを検討します。
逮捕の違法を勾留の裁判において判断できる具体的根拠を示し、さらに、実質的逮捕の判断基準も示して事例検討する。
まず、逮捕に対する準抗告は認められていない(429条1項2号反対解釈)ことから、法は、勾留の裁判で逮捕手続の違法を判断することを前提にしています。これを具体的根拠として示します。
次に、実質的逮捕の判断基準は、逮捕か否かがポイントです。
逮捕は「強制の処分」(197条1項但書)なので同行が「強制の処分」当たるか否かがポイントです。
具体的には、判例講座刑事訴訟法(川出、第2版 P57〜59)によれば、
- 同行を求めた時刻、場所
- 同行の方法・態様
- 同行の必要性
- 被疑者の対応状況
- 被疑者の属性
などが考慮要素になります。
これらの考慮要素を丁寧に拾い上げながら、「強制の処分」である実質的逮捕に当たるか否かを認定します。
東京高裁判例(S54・8・24刑裁月報11・7=8・787)や富山地裁決定(S54・7・26、判時946・137)を踏まえ、逮捕の違法が直ちに勾留を否定することになるのかを基準を示して検討する。
判例講座(P86)を参照すると、「一般論として逮捕の違法性が勾留に影響を及ぼすことを認めるとしても、逮捕に軽微な瑕疵があるに過ぎないような場合にまで勾留を一切認めず、被疑者の身柄を拘束した状態での捜査を否定するのは、捜査による事実解明を過度に阻害するため妥当ではないと考えられる。また、勾留段階で逮捕の適法性を審査し、それによって将来の違法逮捕を抑止すると言う観点から考えても逮捕が違法であったことを宣言することで充分であり、勾留請求を認めないとする必要まではないと言う場合もあり得るであろう。そこから勾留請求が認められないのは、ある程度重大な違法がある場合に限られるとするのが現在の実務の立場である。」とされているので、まず、この議論を簡潔に述べます。
次に、この具体的な判断基準を述べて当てはめをします。
判例講座(P89〜90)によれば、①実質的逮捕の時点で緊急逮捕の実体的要件が備わっていたこと。②実質的逮捕の数時間後には、令状に基づく逮捕手続きがとられていること、③実質的逮捕を起点としても制限時間の違反がないことを基準に判断されるようです。
その基準に基づき、東京高裁判例は①〜③をすべて満たすので違法が軽微とし、反対に富山地裁決定は①が否定されたので、重大な違法があるとされたようです。
なお、実質的逮捕後に甲を取り調べたり、Vによる面通しを行なっていることから「直ちに」令状請求したと言えるか否かや、緊急逮捕の要件検討をするにあたっての判断資料としてVの面通し結果を記載した捜査報告書も含めても良いのか否かもポイントになりますので、注意しましょう。
参考文献
著者|KB
フルタイムで働きながら令和4年予備試験、令和5年司法試験に合格。
不合格経験を踏まえ、学習初学者が陥りやすい落とし穴に配慮した、親切かつ合理的な勉強方法に強み。