【予備試験】令和2年民法【答案例と解答のポイント】
出題の趣旨
設問1は,高齢者が事理弁識能力を失った後に,その親族が本人の代理人として契約を締結し,その後に本人の後見人に就職したという事例を題材に,無権代理人の後見人就職という論点について問う問題である。無権代理人が後見人に就任した場合には,無権代理人の本人の地位を相続した場合と同様に,追認拒絶の可否が問題となり得るが,解答に当たっては,問題の所在を的確に指摘した上で,相続事例との異同等を踏まえながら,事案に即した論述をすることが求められる。
https://www.moj.go.jp/content/001340861.pdf
設問2は,債務者の唯一のめぼしい責任財産である不動産について詐欺による売買契約が行われた事例を題材として,詐害行為取消権と債権者代位権に関する民法の規律の基本的知識を問うとともに,取消権の代位行使の可否について論理的な法的思考ができるのかを問うものである。解答に当たっては,詐害行為取消権と債権者代位権の要件該当性等について事案に即した検討をするとともに,特に債権者代位権の行使については,表意者保護のために認められている詐欺取消権等が代位行使の対象となるか否かについて論理的に分析をすることが求められる。
答案例
第1 設問1について
1 Cの本件消費貸借契約(民法587条)に基づく貸金返還請求が認められるためには、Bの代理行為が有効であり、契約の効果がAに帰属していなければならない。
2 では、Bの代理行為は有効か。
(1) 代理行為が有効に成立するためには、①代理人と相手方の法律行為、②代理人の顕名、及び③法律行為に先立つ本人による代理権授与が求められる(99条)。
(2) 本件では、事実3より、代理人であるBと相手方であるCは本件消費貸借契約を締結し、その際BはAのためにすることを示していることから、①及び②を満たす。しかし、Bが代理権を授与された事実は存在せず、③は充足しない。
(3) よって、Aによる追認もないことから、Bの代理行為は無権代理であり原則として無効である(113条1項)。
3 もっとも、その後Aに対して後見開始の審判がなされ、Bが後見人に就任している(8条)。BはAの財産管理について包括的な代理権を有することになった結果(859条)、Aの法定代理人として本件消費貸借契約の追認権及び追認拒絶権を行使できるはずである。しかし、無権代理行為を行った者であるBが追認拒絶をすることは、信義則(1条2項)に反し、その結果、Bの代理行為は有効とならないか。
(1) 後見人は、被後見人との関係においては、善管注意義務を負う(869条、644条)ため、本人である被後見人の利益に合致するように追認拒絶権を行使しなければならないと解する。一方で、当該取引に相手方がある場合は、その相手方の被る不利益も考慮する必要がある。
そこで、①無権代理人と相手方との法律行為に至る経緯、及び②追認により契約が有効になることによって本人が被る不利益と追認拒絶により相手方が被る不利益を総合的に考慮し、後見人が追認拒絶をすることが、当事者間の信頼を裏切り、正義に反するといえる場合には、追認拒絶は信義則に反し認められないと考える。
(2) 本件では、Cは入院資金の当てがないAに対し、その時点でBがAを監護すべき立場にあり、事実上その財産を管理する地位にあると判断し、無利子で貸し付けを行っている。そうすると、契約時点ではBは後見人でなかったとしても、事後的に追認拒絶して代理行為の有効性を否定することは、Cの期待を裏切ることになるといえる。
また、Cとの消費貸借契約で借り受けた100万円はAの入院費用に充てられたものであり、契約が有効になることによって、本人であるAが不利益を被ることはない。一方で、契約が無効になると、Cは契約相手として期待していたAから返済を受けることができなくなり、その財産的損害はAのものより大きい。
(3) よって、Bの追認拒絶はCの期待を裏切り、正義に反するといえるため、信義則に反し認められない。その結果、本件消費貸借契約の効果がAに帰属することが確定し、Cの請求は認められる。
第2 設問2について
1 1つ目の法律構成として、本件売買契約についてのAの取消権(96条1項)を代位行使(423条1項)することが考えられる。
(1) Eは、本件不動産が3000万円の価値を有するにもかかわらず、故意をもって、300万円の価値しかないという虚偽の事実をAに説明している。そして、Aは、これを信じたことによって、売買契約の意思表示をしていることから、96条1項により、取消権が認められる。
(2) では、Dに債権者代位権が認められるか。
ア Aは、本件不動産以外にめぼしい財産がなく、その売却価額300万円は、Dの債権額500万円を下回ることから無資力である。よって、Dは、「自己の債権を保全するため必要がある」(423条1項)といえる。また、被保全債権である貸金債権の弁済期は令和5年4月末日であり、すでに到来している(423条2項本文)。そして、取消権も債務者の責任財産の回復に寄与する一方で、債務が弁済できなくなることを認めてまで本人の意思を尊重すべき場合であるとはいえないため、一身専属権には当たらない(423条1項但書)。
イ よって、DはAの取消権、及び取消しによって発生する抹消登記請求権を代位行使することができる。
2 2つ目の法律構成として、本件売買契約を詐害行為として取り消す(424条1項)ことが考えられる。
(1) 被保全債権であるDの貸金債権は、本件売買契約より前に成立している(424条3項)。また、本件売買契約は、時価の10分の1で目的物である本件不動産を売り渡すものであり、債権者であるDを害するといえる。もっとも、Aは、売買代金を適正価額であると信じていることから、「債権者を害することを知ってした」(424条1項本文)とはいえない。
(2) よって、Dは詐害行為取消権を行使できず、これに基づく請求は認められない。
以上
解答のポイント
妥当な結論から考える
Cは貸した100万円を返してもらうため、AC間の消費貸借契約(民法587条)に基づく貸金返還請求をしています。
第五百八十七条 消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還をすることを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
厳密な法律構成はしっかりと検討する必要がありますが、一貫して親切心で行動しているCが、Bの不義理により損をするというのはどうなのだろうか、というのが一般的な感覚だと思います。
最終的な結論に迷ったときは、こういった感覚を拠り所にすると、理由付けに説得力がでることもあります。問題を読みながら「妥当な」落としどころはどこだろうか、ということを考えてみましょう。
無権代理人が本人の後見人に就任した場合
設問1では、無権代理行為をした者が本人の法定代理人として追認拒絶権を行使することは、信義則上許されないのではないか(1条2項)という点がポイントになります。
第一条
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
信義則違反が出てくるのは唐突感があるかもしれませんが、最判平5・1・21の「…無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されない…」といった記載等が参考になります(事例自体は無権代理人が他の相続人と共に本人を共同相続したケースです)。お手持ちのテキストにも載っているはずですので、少なくとも短答式対策として、できれば論文式用の論証として勉強しておけると良いと思います。
これを知っていることで、信義則違反と言えるかどうか構成すれば良いということに気づくことができます。
また、より本件に近い判例として、最判平6・9・13があります。無権代理人の妹が本人の後見人となり追認を拒絶したケースですが、その妹は無権代理行為に関与していたため、無権代理人自身が後見人になった場合とそれほど大きな差はないといえます。
判決では、「後見人は、禁治産者との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって右の代理権(追認拒絶権の代理権)を行使する義務を負う」一方で、「相手方のある法律行為をするに際しては」「当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、…(追認拒絶権の行使は)許されない」としています。そして、その具体的な考慮要素として、「右契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯」、「右契約をすることによって禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益」が挙げられています。
つまり、無権代理人(の関係者)が後見人に就任した場合、原則として本人の利益を一番に考えて追認拒絶するかどうかを決めなければならないが、相手方がある場合には、①交渉の経緯、及び②追認によって契約が有効になることによって本人が被る不利益と追認拒絶によって相手方が被る不利益を考慮し、追認拒絶権の行使が例外的に信義則違反となるかどうか判断する、ということになります。
これを知っていた場合は、原則例外論と考慮要素を参考にすることで、かなり書きやすくなると思います。
前述の相続のケースの判例とでは、本人の利益を考慮する必要があるか、という点に差異があることが、結論が異なる理由の1つとなっています。
ここまでを踏まえると、規範の例として以下のような内容が考えられます。
後見人は、被後見人との関係においては、善管注意義務を負う(869条、644条)ため、本人である被後見人の利益に合致するように追認拒絶権を行使しなければならないと解する。一方で、当該取引に相手方がある場合は、その相手方の被る不利益も考慮する必要がある。
そこで、①無権代理人と相手方との法律行為に至る経緯、及び②追認により契約が有効になることによって本人が被る不利益と追認拒絶により相手方が被る不利益を総合的に考慮し、後見人が追認拒絶をすることが、当事者間の信頼を裏切り、正義に反するといえる場合には、追認拒絶は信義則に反し認められないと考える。
上記は2つ目の判例を意識した規範になっていますが、無権代理人が後見人に就任したというケースにおいて、どういった基準で信義則違反を判断するかが具体的に書かれていれば、ご自身の言葉で問題ありません。Cを保護したい、という先ほどの直感に従うのであれば、そのように落とせそうな基準を選ぶことになります。
答案構成について
民法の論文では、原告の主張の根拠(条文)を特定し、その要件充足性を一つずつ確認した上で、適否について結論を述べるという、大きな法的三段論法が論述の基本的な枠組みとなります。また、要件充足性を確認する中で、要件の解釈に争いが生じうる(論点がある)場合も、原則として規範を定立してから事実を当てはめるという法的三段論法で論じます。
答案構成も、上記の大きな枠組みと入れ子構造を意識して整理しておけると、短時間で答案として文章化することができます。
また、「問いに答えているか」という観点も、当然ながら非常に重要です。構成の段階で、どの部分が問いへの直接的な答えに対応するのか、しっかりと確認しておきましょう。
- 設問1について
- 【大前提】Cの本件消費貸借契約(民法587条)に基づく貸金返還請求が認められるためには、Bの代理行為が有効であり、契約の効果がAに帰属していなければならない
- 【小前提】
- Bの代理行為は有効か(問題提起)
- 【ミニ大前提=規範定立】代理行為の成立要件は、①代理人と相手方の法律行為、②代理人による顕名、及び③法律行為に先立つ代理権授与(99条)
- 【ミニ小前提=当てはめ】①、②は充足、③は非充足
- 【ミニ結論】よって、Bの代理行為は無権代理(113条1項)
- 無権代理人BがAの後見人に就任→追認拒絶できるか(問題提起)
- 【ミニ大前提=規範定立】①法律行為に至る経緯、及び②本人と相手方の利益と不利益を考慮して判断
- 【ミニ小前提=当てはめ】答案例参照
- 【ミニ結論】よって、Bの追認拒絶は信義則違反で認められず、本件消費貸借契約の効果はAに帰属
- Bの代理行為は有効か(問題提起)
- 【結論=問いへの回答】よって、Cの請求は認められる
- 設問2について
- Aの取消権(96条1項)の代位行使(424条1項)(問いへの回答)
- Aに取消権は認めらるか(問題提起)
- 【大前提】詐欺による取消権の発生要件
- 【小前提=当てはめ】答案例参照
- 【結論】よって、Aに取消権が認められる
- Dに債権者代位権は認められるか(問題提起)
- 【大前提】債権者代位権の発生要件
- 【小前提=当てはめ】答案例参照
- 【結論=問いへの回答】よって、Dは、Aの有する取消権と抹消登記手続請求権を代位行使することができる
- Aに取消権は認めらるか(問題提起)
- AE間の売買契約の詐害行為取消(424条1項)(問いへの回答)
- Dに詐害行為取消権は認められるか(問題提起)
- 【大前提】詐害行為取消権の発生要件
- 【小前提=当てはめ】答案例参照
- 【結論=問いへの回答】よって、Dに詐害行為取消権は認められない
- Dに詐害行為取消権は認められるか(問題提起)
- Aの取消権(96条1項)の代位行使(424条1項)(問いへの回答)
参考文献
著者|amaru
フルタイムで働きながら独学で令和4年予備試験に合格。
※ 現在は生徒の募集をしておりません。